運用・保守考慮不足の落とし穴:本番稼働後にシステムが維持困難になった事例
運用・保守考慮不足が招いた失敗事例とその教訓
システム開発プロジェクトにおいて、計画通りに開発が完了し、無事に本番稼働を迎えることは一つの大きな節目です。しかし、開発フェーズでの成功が、その後の安定的なシステム運用・保守を保証するものではありません。開発プロセスの中で運用・保守に関する考慮が不足していた場合、本番稼働後に予期せぬトラブルが頻発したり、システム維持に過大なコストがかかったりするなど、プロジェクトの真の成功が損なわれることがあります。
本記事では、開発段階で運用・保守に関する考慮が不十分であったために、本番稼働後にシステムが維持困難になった事例を取り上げ、その失敗の背景にある原因と、同様の事態を避けるための対策について考察します。
具体的な失敗事例:開発完了後の「想定外」
ある企業では、基幹業務を効率化するための大規模なシステム開発プロジェクトが進められていました。最新技術を採用し、開発チームは厳しいスケジュールの中で多くの機能を実装することに成功しました。テストフェーズでは主に機能要件に関する試験が重点的に行われ、いくつかの初期不具合を解消した上で、予定通りにシステムは本番稼働を開始しました。
ところが、本番稼働が始まると、当初想定していなかった問題が次々と発生し始めました。
- パフォーマンス問題: 特定のバッチ処理に膨大な時間がかかり、業務時間内に完了しない。ピーク時のオンライン処理で応答性能が著しく低下する。
- エラーハンドリングの不備: 想定外のデータや状況が発生した場合に、システムが正常に停止せず、原因特定や復旧に時間がかかる。エラーログが詳細でなく、調査が困難である。
- 保守性の問題: 機能改修や小さな不具合修正を行う際に、コードの依存関係が複雑すぎて影響範囲の特定が難しく、修正に時間がかかる上に新たな不具合を生みやすい。
- 運用負荷の増大: システム監視が煩雑で、異常発生時の検知が遅れる。手作業による定常作業が多く、運用チームの負担が過大になる。
- ドキュメントの不備: システム構成、内部仕様、運用手順に関するドキュメントが不完全、あるいは最新化されておらず、トラブル対応や引継ぎに支障が出る。
これらの問題により、運用チームは疲弊し、システムは常に不安定な状態に置かれました。結果として、当初見込んでいた業務効率化効果は限定的となり、システム維持のための追加投資や人的リソースの確保が必要となり、プロジェクト全体の費用対効果は大きく損なわれました。
原因分析:なぜ運用・保守が軽視されたのか
この失敗事例の背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。主に以下のような点が挙げられます。
- 開発中心のプロジェクト文化: プロジェクトの成功が「納期内に要求された機能を実装し、本番稼働させること」に偏重し、「システムが本番稼働後に安定して運用され、維持できること」が十分な評価軸になっていなかった文化があります。開発チームの関心が、本番稼働をもって薄れてしまう傾向がありました。
- 運用チームとの連携不足: 開発プロジェクトの計画段階や進行中に、運用チームとの連携が十分に取られていませんでした。運用チームは、システム稼働後の具体的な運用方法、保守体制、想定されるリスクなどに関する知見を持っていますが、それが開発チームに適切に共有されず、設計や実装に反映されませんでした。
- 運用・保守要件の不明確さ: 要件定義フェーズで機能要件に比べて運用・保守に関する非機能要件(性能、信頼性、保守性、運用性など)の定義が曖昧であるか、あるいは十分検討されていませんでした。例えば、ピーク時のトランザクション量やデータ増加量に基づいた性能要件、障害発生時の復旧目標時間(RTO)やデータ復旧目標時点(RPO)、システム監視の要件などが具体的に定義されていなかったため、開発段階での考慮が抜け落ちました。
- 保守性・運用性を評価する仕組みの欠如: 設計レビューやコードレビューなどの品質管理プロセスにおいて、保守性や運用性の観点からの評価が体系的に行われていませんでした。機能が正しく動くかどうかに焦点が当てられ、将来的な変更のしやすさや、運用時の管理のしやすさといった観点が不足していました。
- 運用コスト・保守コストの軽視: システムのライフサイクル全体でかかるコスト(TCO: Total Cost of Ownership)において、運用・保守コストが開発コストと比較して過小評価されていました。開発期間を短縮するために保守性を犠牲にしたり、運用を効率化するためのツール導入や仕組みづくりへの投資を後回しにしたりする判断が行われました。
- ドキュメンテーションプロセスの不備: ドキュメント作成がプロジェクト終盤にまとめて行われる計画になっていたり、作成基準が曖昧だったりしたため、品質の低い、あるいは未完成のまま運用チームに引き渡されました。
これらの要因が複合的に影響し合い、開発フェーズでは顕在化しなかった問題が、実際の運用負荷がかかる本番環境で一気に噴出する結果となりました。
回避策・再発防止策:運用を見据えた開発へ
このような失敗を回避し、システムが本番稼働後も安定して維持されるためには、開発ライフサイクルの早い段階から運用・保守を意識し、以下の対策を講じることが重要です。
- 運用チームの早期参画と継続的な連携: プロジェクト企画段階から運用チームを巻き込み、運用上の課題や要望を収集します。要件定義、設計、テストといった各フェーズで運用チームと定期的にコミュニケーションを取り、運用観点からのフィードバックを設計や実装に反映させます。
- 運用・保守に関する非機能要件の明確化: 性能要件、信頼性要件、運用性要件、保守性要件、セキュリティ要件など、非機能要件を機能要件と同等、あるいはそれ以上に重要視し、具体的かつ計測可能な形で定義します。これらを設計・実装の基準とします。
- 保守性・運用性を考慮した設計・実装:
- モジュール化・疎結合: システムを独立性の高いコンポーネントに分割し、変更による影響範囲を局所化します。
- 標準技術の採用: 枯れた技術や広く使われているフレームワークを採用することで、メンテナンスや引継ぎのコストを削減します。
- 設定による変更への対応: パラメータ設定で挙動を変えられるようにするなど、コード修正を伴わない変更の範囲を広げます。
- ログ出力とエラーハンドリング: 問題発生時の原因特定が容易になるよう、適切な粒度で情報を記録し、エラー発生時の挙動や通知ルールを定義します。
- 運用ツールとの連携: 監視ツール、ジョブ管理ツール、構成管理ツールなど、既存または計画中の運用ツールとの連携を考慮した設計を行います。
- 運用・保守を考慮したテスト計画: 機能テストだけでなく、性能テスト、負荷テスト、耐久テスト、フェイルオーバーテスト、運用手順テスト(バックアップ・リカバリ手順など)を計画し、運用環境に近い状態でのテストを実施します。運用チームがテスト計画やシナリオのレビュー、実行に加わることも有効です。
- 高品質なドキュメントの作成と管理: システム構成図、設計ドキュメント、操作手順書、トラブルシューティングガイドなど、運用・保守に必要なドキュメントを網羅的に作成します。作成責任者を明確にし、開発の進行に合わせて常に最新の状態に保つプロセスを確立します。引継ぎ時には、運用チームがドキュメントを使って実際に作業できるかを確認する機会を設けます。
- システムのライフサイクル全体を考慮した評価基準: プロジェクトの成功基準に、本番稼働後のシステムの安定稼働率、運用コスト、保守の容易さといった運用・保守に関する指標を含めることで、開発チームの意識を変革します。
教訓と学び:運用は開発の一部である
この失敗事例から得られる最も重要な教訓は、「運用・保守は開発プロジェクトの最後のフェーズではなく、開発ライフサイクル全体を通じて考慮されるべき不可欠な要素である」ということです。開発と運用は別個の役割ではありますが、システムという一つの成果物を成功させるためには、両者が密接に連携し、お互いの知見を共有することが不可欠です。
プロジェクトマネージャーは、開発の初期段階から運用・保守に関する非機能要件の定義とその遵守を計画に組み込み、運用チームとの継続的なコミュニケーションパスを確保する責任があります。また、チーム全体として、単に動くシステムを作るだけでなく、将来にわたって安定的に稼働し、容易に維持・改修できるシステムを目指す意識を持つことが求められます。
目先の開発スケジュールやコストに囚われすぎず、システムのライフサイクル全体を見通した判断を行うことが、真に価値のあるシステムを構築し、プロジェクトを成功に導く鍵となります。
まとめ
システム開発において、運用・保守の考慮不足は、本番稼働後のシステム不安定化や運用コスト増大を招き、プロジェクトの最終的な評価を大きく損なう原因となります。開発の早い段階からの運用チームとの連携、非機能要件の明確化、保守性・運用性を考慮した設計・実装、適切なテスト、高品質なドキュメント作成といった対策を講じることで、多くの問題を未然に防ぐことが可能です。運用・保守を開発の一部として捉え、開発チームと運用チームが一体となって取り組む姿勢こそが、持続的なシステム成功への道を拓くと言えるでしょう。